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福井地方裁判所 昭和55年(わ)232号 判決

被告人 白崎弘孝

昭三四・二・二五生 工員

主文

被告人を禁錮一年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  酒気を帯び、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、昭和五五年一月六日午前一時三〇分ころ、福井市山室町三八号一二番地先道路において、普通乗用自動車(福井五五ほ四〇七八号)を運転し

第二  自動車運転の業務に従事するものであるが、前項記載の日時・場所において、前項記載の自動車を運転し、二日市町方面から高屋町方面に向けて進行中、右道路は、福井県公安委員会が最高速度を毎時三〇キロメートルに制限しているうえ、幅員が約四メートルで狭く、かつ左に湾曲していたのであるから、このような場合、自動車運転者としては、あらかじめ右制限速度を遵守するとともに適宜減速し、かつ、ハンドル及びブレーキを確実に操作して進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然時速約七〇キロメートルの高速度で進行した過失により、右湾曲道路を曲りきれず自車を直進滑走させて、自車前部を同道路右側の電柱に激突させ、よつて、自車に同乗中の飯田雅子(当時一八年)に対し、入院加療一一五日間を要する頭部裂創、下顎骨骨折、両下腿挫傷、左第一ないし第三肋骨骨折、両鎖骨骨折の傷害を、同鰐渕一夫(当時二一年)に対し加療約一八日間を要する頭部裂創、両下腿挫創、左手挫傷の傷害をそれぞれ負わせ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一  判示第一の所為         道路交通法一一九条一項七号の二、六五条一項、同法施行令四四条の三

一  判示第二の所為(被害者ごとに) 刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号

一  観念的競合(判示第二の罪につき)刑法五四条一項前段、一〇条(犯情の重い飯田雅子に対する業務上過失傷害罪の刑で処断)

一  刑種の選択           各所定刑中判示第一の罪につき懲役刑を、判示第二の罪につき禁錮刑を各選択

一  併合加重            同法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い判示第二の罪の刑に加重)、四七条但書

一  刑の執行猶予          同法二五条一項

一  訴訟費用            刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第一の酒気帯び運転の罪について、司法巡査谷口達男(以下谷口巡査という)作成の酒気帯び検知表は、右谷口巡査が病院の寝台に意識不明の状態で寝ていた被告人の口もとから、その承諾を得ることなく、直接飲酒検知管を通して呼気を吸入採取するという方法によつて作成したものであつて、右呼気採取は、引き続き車両を運転するおそれのある者に対してのみ適用される道路交通法六七条二項、一二〇条一項一一号の呼気検査の規定を、右の要件を欠いた被告人に対して適用して強制的に行つたものであるうえ、同条項による呼気採取は呼気を風船に吹き込ませる方法によつて行なうと定めた同法施行令二六条の二にも違反しており、右のような違法な呼気採取に基づく前記酒気帯び検知表は憲法三一条、刑事訴訟法一条の趣旨に照らして証拠能力を欠くものと解すべきであり、他に被告人の酒気帯びの程度を立証すべき証拠もないから、結局被告人は右酒気帯び運転の公訴事実については無罪であると主張する。

そこで検討するに、第三回公判調書中の証人谷口達男の供述部分によれば、右谷口巡査は本件事故当日の昭和五五年一月六日午前三時一五分ころ、被告人が収容された福井県立病院の救急室において、意識不明の状態で救急台に横たわつていた被告人の呼気から酒臭を感じて、酒酔い運転の疑いをもち、医師の了解を得たうえ、被告人の呼気検査を実施することにし、風船による呼気採取ができないため、呼気採取器の先に飲酒検知管を取り付け、その先端を被告人の口先三センチメートル位のところにおいて、被告人の排出する呼気一リツトルを右検知管を通して吸入採取したことが認められる。

これによれば、右呼気検査が前記道路交通法所定の呼気検査として許容されるものとは認め難いこと弁護人主張のとおりというべきである。しかしながら、道路交通法の右の規定は、警察官において酒気を帯びた者が車両等を運転するおそれのある状態を認めた場合に、危険防止のための応急措置をとるについて、その判断資料を得る必要上設けられているものであつて(同法六七条二項、三項参照)、酒酔い運転や酒気帯び運転の犯罪捜査について、その捜査方法を限定する趣旨を含むものではないのであるから、本件については、別に右呼気検査が犯罪捜査一般において認められる任意捜査の枠内のものといえるか否かを検討する必要がある。

そこで、本件呼気検査の経緯及びその方法についての前記認定の事実によつてみると、右の呼気採取は被告人の酒臭によつて生じた酒酔い運転の罪の嫌疑に基づいて行なわれ、医師の了解のもと、被告人の自然の呼吸にともなつて排出される呼気を短時間採取したというものであつて、その間、被告人の身体に有形力が加えられたり、医師の治療行為が阻害されたことはなく、これによつて被告人の健康状態に何らの悪影響を及ぼすおそれがないのは勿論、被告人の名誉を侵害するような形態をともなうものでもなかつたこと、本件事故発生時から呼気採取時までには既に一時間三〇分以上の時間が経過しており、被告人の体内のアルコール濃度は時間の経過とともに急速に消失していくおそれがあるため、早急に検査を実施する必要があつたこと、本件の呼気採取方法は、風船によるものに比して、呼気以外の外気が混入しやすいため、呼気中アルコール濃度がより低く判定される可能性はあつても、高く判定される可能性は通常存しないものと考えられるので、その結果が被告人にとつて不利に働く危険性はないといえること、以上の諸点が明らかであり、これらを総合勘案してみると本件呼気採取は、任意捜査として許される範囲内のものと認めるのが相当と考えられる。そうすると、前記の酒気帯び検知表は何ら違法に収集された資料に基づくものではなく、証拠能力に欠けるところはないものというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、弁護人の前記主張は採用できない。

(裁判官 中村直文)

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